芽吹きの時 2020.3.21

暖かな春が近い。
草木花たちが動き出す時。
寒い冬の間、大地にもぐりこみ、静かにその時を待つ。
やがて小さな小さな新芽となり大地から顔を出し息を吹き返す。
なんと力強いことだろう。

新芽を見つけた瞬間、
私は命の力強さを感じ、
生きるというすべを教えてもらっている気になる。
人は草木花たちから勇気をもらうのだと思う。

山あり谷ありのこの人生。  根っこが大地の中で春を待つように、人は谷間の時、力を溜め込むのだと思う。
山に向かい高く高く飛ぶことができるように。

世の中が揺らぎ、生きにくくなり。
目に見えない不安に恐れ、どう生きれば安全なのかと身の置き場を思案して。
大きく広いこの世界で、小さな集まりであり最愛の人たちと共に懸命に生きる道を探り。

世の中の出来事。
自然界の異変。
個々の人生のいろいろ。

様々な想いが交錯して心が乱れ、それでも明日に向かい歩くことは終わらない。
そんな時、草木花たちを思う。
起こりうる出来事に負けないよう、希望を持って進めるよう。

この目で見えるもの。
この耳に聞こえてくること。
この心に響く感情。

それらを尊く思い、信じてゆくことは今に生きる生身の私たちにできる唯一のこと。
私たちになげかけられたメッセージを感じて行けるように。

大地の力を借りて根づき。  必ず花を咲かせる時が来ることを信じ。
愛する者たちと一枚岩となり今は静かに時を待とう。

20周年 2020.2.1

風が冷たく、しんしんと底冷えする真冬。暖をとり温かな飲み物で一息つく。
オレンジ色の灯りに包まれて1日を振り返る。

かつてターシャテューダに憧れて、野に放つ植物たちとの暮らしに夢を描いた。
私は植物との関わりを生業としてきたが、いつか暮らしの中に草木花たちが寄り添い、青々とした葉や、色とりどりの花々にときめき、実りからうける恩恵に感謝しながら収穫を喜ぶ暮らしがしたいと願ってきた。
憧れとは程遠い現実との狭間にいたけれど、そんな憧れの暮らしがすぐ背中合わせにあることに気づいたのは最近である。
とおに五十路も過ぎてしまった。
家族のために頑張ることが生き甲斐であり、「誰かのために」が頑張れる源でもあった。
昨年夏、自身が病み一度は仕事を離れた。植物たちとの関わりも諦めた。
一度空っぽにしてみて改めて実感した。
植物たちがとても愛おしく思えた。生業としながらも植物たちといることが懸命に生きられるゆいつの拠り所であり、そんなふうに生きてきた自身を愛おしく思えたのかもしれない。

「家族のために」の生き方から「家族に迷惑をかけないように」の生き方に変わった。
家族を守ること、暮らしてゆくこと。その為には後悔や失敗に恐れるよりも何もしないことの方が怖かったのかもしれない。

試行錯誤、自問自答の繰り返しの中で進む道を決めてきた。

あの当時はまだガーデンデザイナーやガーデナーという職業はそれほど知られてはいなかった。庭師とガーデナーとの境もよく聞かれた。男性社会でもあり全てが未知の世界だった。下北沢に神田隆先生が開くフロムネイチャーというschoolがあった。そこに通いガーデナーそしてデザイナーを目指し歩き始めたのが23年前のこと。何もかもが新鮮で、植物やデザインとの出会いは私の中の世界観がひっくりかえるくらいの感覚だった。あの頃は私自身も大きな人生の転換期であり、どちらかと言えば世間知らずであった私が飛び込んだ不思議な世界でもあった。神田先生との出会いが今のオーガニックな考え方をする基本となった。人生の中の大きな分岐点にいたと思う。

2000年12月にverde’花あそびを立ち上げた。あれから20年。この道を歩いてきた。細く長く。長い坂道だった。時に向こう見ずであり、時に小心者であり。

沢山の人達に助けて頂いた。
背中を押され多くのことを経験した。間違いの迷路の中に入ってしまった時、出口へと手を引いてくれた恩人がいた。
一人ではなかったことへの感謝を生涯忘れてはいけない。

時を経て振り返った時、思い出されるのは只ひたすら前向きに生きようとしていたあの頃の私。いろいろあったけれど楽しかったと思えていることにほっとする。

なりふり構わずで必死だった自分をとても愛おしく思う。
若さがとても眩しく思える。

誰かのためにから
少しだけ自身のために生きる道を歩き始めた今、年を重ねるとはこういうことなのかと日々考える。この先の人生がどうなるかなんてわからない。これでよしと言い切れる生き方なんかないと思う。若さも体力もあの頃程はないけれど、今だからできる生き方を探していこう。憧れたターシャのような暮らしを胸におき、この先も懸命に歩いていこう。

20周年を迎えられたことに感謝しながら。

ぼちぼちで良い。
まっすぐ前をみて
ゆっくり楽しんでいこう。

 

 

草木花たちに想うこと 2018.12.10

久々の投稿🙆あわただしく、走り過ぎた一年だった。年頭に計画していた今年の目標は大きく変更となり、日々起こる出来事の中で思い悩み、試行錯誤から辿り着いた現状。自分の可能性に壁を感じ、自ら先行きを制限してしまった新春の頃。

夏の間、目標を持たない自分に不安を感じ悶々とした日々を過ごした。前向きに生きるからこそ喜びも生き甲斐も感じることができるのだという、暫し忘れていた感情を思い出した。いつものことながら思いたったら直ぐに動き出してしまう私の性格は、更なる目標を見つけ始めた。

夏の終わり、草木染め、藍染めの勉強を始めることを決めた。私には未知の世界。

冬の初め、千葉県の横芝光町にある草木染めの教室に行った。先生のご指導の元、白梅とカモミールでスカーフを染め、伯母から頂いた絹の反物を白梅で染めた。最終日藍染めを教えて頂いた。藍の青さと白梅の柔らかい淡いだいだい色、カモミールのみどりがかった黄色。草木花達の持つ素晴らしさと美しさに感動した。植物に携わってきた私は、更に別の角度から植物に触れることに新たな方向性を見つけられる気持ちになった。

今年も一年を無事過ごすことができた。自分の置かれている現状、出逢えた方々に感謝。実り多い一年であった。来年もまた未知の世界に向かいいろんな発見をしていきたい。穏やかにゆっくり、そしてたおやかにいられる私でありたい。

Cose da pensare ogni giorno〈日々思う事〉2017.11.15

山は紅葉の紅と常緑樹の緑のコントラストが見頃な季節になった。
すっかり秋深く、もうすぐ訪れる冬への準備を始めていた。
いっとき山から見える遠い街が雲海のようになり、やがて周りが真っ白になり、白くぼやけた景色が美しかった。

落ち葉で敷き詰められた山あいの小道を歩いた。
🍂サク サク サク🍂 落ち葉の上を歩く音に心が和む。
枯葉の音は副交感神経に作用して身体をリラックスさせ、脳を活性化させる働きがあるそうだ。朝早く森林浴を楽しみながらサクサクと散歩することは、とても身体にも心にも良いそうだ。
葉を広げ、色を変え、花を咲かせ、実をつけ、いろんな姿を見せてくれる植物たちはいつも側にいてくれる。
木々は葉を落としてからも音を通じて人の心を優しくさせる。

忙しい毎日、一生懸命生きる。
でも日々の暮らしに追われ、身体だけでなく心にも大きな負担をかけてしまうことがある。
涙が流れる程に心がすり減り行き場のない辛い時もある。
そんな時、フウッと一息深呼吸してみる。
自分を休める手段が欲しくなる。
流れるように過ぎ去る時間の中にいるからこそ、自分を癒せる方法を知っていたら心強いと思う。
きっと人にも自分にも優しくなれると思う。
草木の匂いを感じ、自然からもらう穏やかな心を
大切にしていきたい。